第1部 南カリフォルニア
 第1章 国境の壁(3) アメリカ−メキシコ国境・ここから2600マイルの旅が始まる


4月21日(月)
 ・・・パットとMexican Borderへ。いよいよスタートだ。/万里の長城のように鉄の壁が巡らされている。壁の向こうは荒れ放題。/戻ってビールを飲んで、タバコを吸って。/パットはほとんど食べないでさっさと寝てしまった。キックオフパーティーにも行かないらしい。一日に17マイル歩こうと思ったらそうしなければ無理なのか?/ハドソンベイ・スタートで行こう。/少し、寒い。 Today 2.3Mi Total 2.3Mi

荷物を置いて、20分ほど歩く。ここは国境警備隊の基地の町らしく、30台くらいの車が停まっている基地の脇を通る。パットに、実は国境というものを見たことが無い、日本は海に囲まれているから、と話すと笑っていた。生まれて初めて見る国境線は小高い丘の上を走っていた。高さ3Mほどの鋼矢板が視界の果てまで真っ直ぐに続いている。大地に引かれた一本の線と、その線が分ける国家、社会、文化、経済。壁の破れ目からメキシコ側をのぞいてみると背の高さまで潅木が生い茂る一面の荒野で、のどかな農村が広がるアメリカ側とは対照的な光景が広がっていた。

 壁の手前10Mほどのところに、PCTのモニュメントがでん、と建っている。ガイドブックの写真で見ていたが、触れてその感触を確かめる。いやー、ついに来ちゃったよ、と話しかけてみたりして。写真を撮り、モニュメントに備え付けられているノート(レジスターと呼ばれる)に記帳。今年はすでに20人くらいスタートしているようだ。大阪の石部さんご夫妻も既に記帳されている。何を書いたかは覚えていない。誰か今後行く人があれば見てきて欲しい。気の利いたことを書こうと思って、何も思いつかなかったことだけ思い出す。

 4月21日(月)17時過ぎ。カナダまで2658.7マイルの第1歩を踏み出す。パットと二人、「さて、カナダへ行きますか」と言って笑いあい、荷物を置いた場所へ戻る。冗談のようなこの旅。でもこれは現実なんだ、本当にこれから歩いてカナダまで行くんだ、と思うと自然と笑えてきちゃって、嬉しくてしかたなかった。

 印象に残る景色、というものがある。それはかならずしも素晴らしく美しい景色であったり、珍しい景色であるとは限らない。通勤の駅を降りたときの空の色であったり、友人と何気ない会話を交わした喫茶店のウインドウの向こうだったりするときもある。たぶん、景色を心に刻むのはそのときの心の「動き」が重要な役割を果たしているのに違いない。この旅のあいだ、それこそいろんな景色を見ることになったが、このときの国境から北側、カナダ側を見渡したときの景色は素晴らしかった、と本当に思う。写真で見るとなんてことの無い荒地が広がるだけなんだけど、この景色を思い出すたび、僕はこの時の圧倒的な幸福感と、ほんの少しの緊張を思い出して、また嬉しくなるのだ。
4月21日(月)17時過ぎ。アメリカ−メキシコ国境にて。
国境から北側を望む。この大地はカナダ国境まで続いている。そして、僕はこれを歩いてゆくのだ。低く垂れこめた雲が景色に奥行きを出している。
国境の壁。視界の果てまで真っ直ぐに続いている。国境に沿って道が作られ、国境警備隊の車が常時巡回している。上空にはヘリコプターも飛び、ものものしい監視がされているが、壁に穴を開けて密入国するメキシコ人は後を絶たないらしい。
ウェアも新品、顔もまだきれい。これから彼の身に何がおこるのやら。
トレイルに設置されたPCTを示すマーカー。このマーカーを追ってトレイルを進む。

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