第1部 南カリフォルニア
 第4章 トレイルエンジェル!(3)

   5月11日(日)ビッグベアシティー〜5月26日(月)HWY138


5月18日(日) 5時過ぎ、朝陽がテントを照らすが夜半から風強く寒そうだったので、シュラフから出られず。結局7時起床。ベーグル2つと味噌汁の朝食。/8時20分出発。快晴。風が冷たい。/稜線上はほとんど雪で埋まっている。/足跡をたどっていたら、どんどん下っていってしまい。地図を良く見直して思い切って登りなおす。トレイル発見。/人に頼らず、自分の力でトレイルを探さないとこんなことになる。スリップして10mほど滑落。危うく怪我するところだった。/12時15分、Little Gimmy Campground /コリアンのおじちゃんに道の状況を聞く。予定通りIslip Suddleまでは開通しているらしく、安心する。/14時前、Islip Suddle。松本さんへTEL、無事通じて安心。/17時20分、松本さんと合流。/LAまで1時間半、文明社会へ戻る。/ミツワ、アルバートソンで買い物。柏餅とぶどうがおいしい。/松本邸でトンカツ、ビールをご馳走になる。美味至極。/洗濯、シャワー、パッキング、掲示板に書き込み。/食料も補給できたし。助かった。/Today 11.6Mi Total 391.9Mi

LAに近づくにつれ、トレイルにはさまざまな出会いが待っていた。今、ひとりひとりを、彼らの言葉とともに、思い出す。
「日本に帰っても走るところないからなあ」(03/05/18 LAにて)

松本さんは、そう言って笑った。もう5年以上、日本には帰っていないという。帰ってもすることがないし、何よりも、日本では彼の愛するオフロードバイクに乗るフィールドが無いから、と。
 この話を聞いたとき、僕は思った。自分で人生を選択するとはこういうことなんだと。転勤や家の都合といった他者による一種の強制以外に、自らの意思のみで住処を変えるということは意外と難しい。まして、バイクに乗れないから、という理由で(それだけではないのかもしれないけれど)住むところを決めるのはますます難しい。本人はそんなこと全く意識してないのかもしれないけれど、僕にそこまでの勇気があるだろうか、と自問してみた。
 僕の旅を最初から最後まで支え続けてくれた『LA在住の松本さん』とは、そういう人である。
「男は論理的に考えられるけど、女は感情的にしか考えないんだよ」(03/05/20 Bigbuck Campgroundにて)

ビバリーヒルズでレストランを経営するというラウルは焚き火を見つめながらほんとに悲しそうだった。その日、キャンプ場には僕とラウルの二人だけだった。早々と食事を終えて片づけをしているところに、ラウルは車でキャンプ場にやってきた。慣れた手つきでハンモックを吊るし、キャンプ道具をパタパタと並べて焚き火を始める。眺めていると向こうから寄ってきて、『日本人だろ?日本茶を飲まないか?』と誘ってくれた。
 彼はお湯を沸かすと本当にお茶葉を取り出し、淹れてくれた。日本茶では決してなかったが、お茶には違いなかった。僕がタバコを取り出すと、彼は『試してみるか?』といってパイプを勧めてくれた。初めての経験だったが、見よう見まねで葉っぱを詰めて吸ってみる。ちょっと苦しかったがいい雰囲気だった。お茶とパイプ、焚き火をはさんで、話は弾んだ。
 「こんなに静かで美しいところは無いよ。このキャンプグラウンドは俺にとっての教会なんだ。」と彼は言った。「いつも一人で来るのかい?」と僕が聞きかえすと、「今までは彼女と来ていた。でも、もう彼女は来ない」と言って、彼は冒頭の言葉を口にした。
 そのあと彼が延々と話してくれたことはつまり、仕事に忙しい彼と、二人の時間をもっと大事にしたい彼女とのすれ違いの過程であったのだが、世界中どこに行っても同じようなことがおきているのかと思うとなんだかおかしかった。こういうときに、英語でなんと答えてあげればいいんだろう、と考えつつ、僕も日本の彼女のことを思い出して落ち着かない夜だった。
 
「ハイカーヘブンへようこそ、ミスターTea!」(03/05/22 Agua Dulceにて)

アクアデュースの町には、PCTハイカーで知らぬ者のいないHiker Heaven(ハイカーの天国)と呼ばれる家がある。自宅と離れをPCTハイカーのために開放し、食事や洗濯、荷物の預かりとハイカーのためにあらゆる便宜を図ってくれるトレイルエンジェル・Saufley夫妻はすでに僕のことを知っていた。このころ、僕のトレイルネーム『ミスターTea』はかなり広まっていて、すれ違う初対面のハイカーに「お前がミスターTeaか?」といきなり聞かれることもしばしばだった。
 ハイカーヘブンは多くのハイカーで賑わっていて、みな思い思いのスタイルで体を休めたり、これからの予定を話し合ったりしていた。Saufley夫妻もそうした旅人のもてなしと触れ合いを心から楽しんでくれているようだった。ホスピタリティ(もてなしの心)とはこういうものなんだ、というのを教えてくれる、素敵な場所だった。

5月18日。松本邸にて。久々に大都市へ戻る。ごちそうさまでした。
5月19日。松本邸玄関にて松本氏。このあと携帯の充電器を探して町を右往左往する。お世話になりました。
5月22日ころ。ロサンゼルス郊外のフリーウェイ14番が走るあたり。やや逆光気味。
屈曲した地層が折り重なる奇岩地帯。西部劇にでてきそうな感じ。
ガイドブックによると、「このあたりで撮ったCMをあなたは必ず見ているはずだ」とのこと。
VasquesRocksと呼ばれる奇岩。このあたり一帯は公園になっているらしく、近くの小学生が遠足に来ていた。
ハイカーヘブンにて。夕食後のまったりとした雰囲気。

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