第5部ワシントン
 第1章 トレイルは氷河の峰へ(4)

  2003年8月20日(水)Cascade Locks 〜2003年9月5日(金)Stehekin


9月4日(木)
 6時半起床。眠い。/パッキングしていると小雨がぱらつく。念のためゴミ袋を中に入れてパックし直し。雨具を着て出発。/雨はすぐあがり、30分ほどで雨具は脱ぐ。/ここで、サングラスを忘れたことに気づく。餞別にいただいたもので、結構気に入っていただけに残念。まあ、サングラスをなくしやすい僕にしては良く寿命はもったほうだが。/やや気落ちして最初のパスを越える。/下りかけのところで逃げていく熊の後ろ姿を見る。/Milk Lakeで裸のおばちゃんと遭遇。/長いスイッチバックの下り、上り。ペースが上がらない。体が重い。/split-peaにはなかなか追いつけず。ひとりで延々と続くスイッチバックを歩く。かなり、飽きる。/3時過ぎに追いつき、そのあとはほぼ同じペースで歩く。/今日も大汗をかき続ける。シャツがこれまでに無いほど汗まみれ。/最後の上りを気合であがる。/18:30頃、再び熊と遭遇。写真は撮れず。でかかった。/19:15、Passを越えたところでキャンプ。/夕食は人生最後にしたいM'c&Cheese。日本食、日本娘が恋しい。/明日はeasyなトレイルでStehekinだ。甘いものが飲みたい。 Today 26.2 Total 2550.6

 もう出典やタイトルは忘れてしまったが、故・星野道夫氏のエッセイの中で、氏が偶然ムースの大群の中で息を潜めてその群れの通過するのを見守る、というシーンがあった。そのときの体験を、氏はこの上なく幸せな時間であったと書いていたように記憶している。

 街に暮らす人間にとって、人間以外の動物に触れる機会は限られる。触れることが出来るのも、ペットや家畜、たとえ野生であったとしても人間の生活の中で生き抜いていくことを学んでしまった動物たちがほとんどだ。
そうした私たち人間にとって、本来の意味での野生の動物たち、なかでも大型獣の息吹に触れることは、理屈ぬきでの感動を与えてくれる。食物連鎖の上位にいて、生存のためにはより大きく豊かな自然環境を必要とするものほど、その存在感は大きく、貴いものに思われる。

 もちろん、触れるといっても、見守ること以外に何も出来るわけではない。たいていの場合は逃げて行く姿を目で追うだけだ。むしろ近づきすぎることは人間と動物との不幸な衝突を招きかねない。

 PCTにおいて、野生動物との接点は少なくない。大きいところでは熊、鹿、コヨーテ、珍しいところではヤギなんてのも見たし、小さいものならばマーモットや野ウサギ、リス、ネズミ、ガラガラヘビなんかはもう珍しくも無い。何が機嫌を損ねたのかは分からないが、大きな鳥に襲われて帽子を蹴飛ばされたこともある。(余談だが、南カリフォルニアのトレイルの途中では動物園?の脇を通ることがあり、白熊やトラだって見れる)

 なかでも、熊との距離の取り方は、人間との自然との付き合い方を考える上で非常に示唆に富んでいる。熊の生息数が多いヨセミテ周辺での細かなレギュレーション(熊に人間の食料を与えない、奪わせない)は、そうした規制の存在そのものがアメリカの自然の大きさを示しているようで興味深かった。

 実際にといえば、僕はヨセミテで熊にあったことは一度もなく、このワシントン州で2日続けて3回熊に遭遇したことが唯一の経験だ。お互いに気づいたときに、同時にびくっとして逃げ出してしまったというのがほんとのところで、息吹に触れたとは到底言いがたいが、それでも逃げる熊の背に揺れる毛並みや、力強い筋肉の動きは遠目だったにもかかわらず今もなお思い出す。

8月29日(金)、Snoquolmieのベストウェスタンにて。もう一泊するというDNAを置いて宿を出る。彼とも長く旅をしたが、ここで別れを告げたのが最後になった。
左のSplit-peaとはここからカナダまで、共に旅をすることになる。
オレゴン州に比べて、ワシントン州のトレイルはかなり険しい。執拗なアップダウンが続く、脚力勝負のトレイルである。
そのぶん景色も見ごたえがある。
シエラにもひけをとらない山岳風景。
Three Queensと呼ばれるあたりだと思う。
このころはまだサングラスがあった。
変哲も無い風景だけど。
山肌に少しずつ秋の訪れが見える。
山はいいよなあ、山は。
何の写真家と訝られるかも知れないが。このカーブを曲がったところで熊の親子と遭遇。あわててカメラを出したが間に合わなかった。鉢合わせるとはまさにこのこと。
夕闇に煙る山々。この年のワシントン州の山火事はかなり深刻だった。この火事が、僕のPCTの最後に一波乱を巻き起こす。
続きは次章にて。

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