プロローグ 旅立ちまで(3)
2001年6月24日(日)福岡県福岡市〜2003年4月16日(水)千葉県船橋市


2002年6月10日(月) 福岡県福岡市
今日、PCTA(Pacific Crest Trail Association)から会報が届いた。2ヶ月に1回発行される会員誌で、全32ページ・フルカラーの立派なもの。内容は会員からの投稿写真や、議会への請願運動の模様、トレイル整備のボランティア募集など。中に、『今月の新会員』みたいなコーナーがあって、100人ほどのリストの中に Taketo Hiiro,Fukuoka-shi,JAPAN の文字も。アメリカ国外からの入会は僕のほかにイギリス人とカナダ人がそれぞれ一人だけ。大したことじゃないんだけど、こんなところに自分の名前を見つけると何となく誇らしくまた嬉しくなってしまう。
そこで、これを機に先延ばしになっていたホームページの製作を決意。最初は、自分の趣味や興味を全部取り込んだようなものを考えていたのだが、『テーマは絞ったほうがいい』という助言もあったので、PCT一本に絞って製作開始。『できるホームページ・ビルダー2001』の指示に従いながらトップページとPCT紹介を完成。相互にリンクを張ってみて、ちゃんと飛んでいくことにささやかな感動を覚える。

 2003年4月まであと1年を切った。会社生活は楽しく、ともすればPCTのことを忘れてしまいそうな平和な日常が続いていた。このままではなかなか具体的な準備を始められそうに無い。そこで僕はホームページを作り、しなければならないことを整理して書き出し、その達成過程を公開していくことで自分を奮い立たせよう(追い込もう)と考えた。
 繰り返しになるが、決して当時の現状に不満があったわけではなかった。それだけに、居心地のいい職場を捨てて冒険に出ることは(好きで行くこととは言え)それはそれで勇気のいることだったわけだ。こんな軟弱な冒険家がいたっていいでしょう?
 
 実際の準備の詳しい過程については前述のホームページ“Road to PCT”に記録を残してあるのでここでは述べないが、バックパッキングの経験があるのならば、PCTを歩くこと自体に対しては準備はほとんど不要と言ってよいだろう。大変なのはビザ・航空券の取得、退職や引越しといった社会的事柄がほとんど。装備は普段使っているもので十分だし、足りないものは現地でも手に入る。ガイドブックさえ事前に手に入れておけば地図もいらないし、服装は現地で気候に合わせて変えていけばいい。実際、出会ったアメリカ人のハイカーの中には『2週間前に会社をクビになったので歩きに来た』なんて輩もいたくらいだ。
 体力的な不安もあったが、トレーニングなどしなくても歩き出してしまえば自然と体が出来てくる。毎日飲んでばかりの日記は、4250kmを歩くことが普通のサラリーマンにとって不可能なことでは無いことを証明してくれている。
 
 一番重要な準備は、PCTを歩ききるために必要な5〜6ヶ月の時間をどうやって作るかだ。僕が暮らすこの国では、PCTを歩くことよりも人生のトレイルを踏み外すことのほうが大冒険なのだ。

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